「一枚で表現する」の実践

結婚式ファーストミート

昨日は、クレイジーウェディングの元プロデューサーさんの結婚式でした。

写真は、クレイジーさんの会場ファーストミートからのワンシーン(新郎と新婦が初めて会うのがファーストミート。新郎新婦が初めて会場装飾、主に高砂装飾を見るのが会場ファーストミート)。僕がクレイジーさんの撮影にほとんど入らなくなってから生まれたものなので、僕はほとんど撮ったことがありませんでした。

うちのフォトグラファーから上がってくる写真では、みなすごくいい表情をしていて、涙を流す方も少なくありません。

でも、いい写真なんだけど、何かが足りない。それは、僕がワークショップで伝え続けている「一枚で表現する」というものだとずっと思っていました。

高砂と二人が向かい合うので、高砂と二人の顔を一緒に収めることができないのです。なので「高砂+二人の後ろ姿」もしくは「二人が泣いている写真」のどちらかになり、情報レイヤーが一層だけになり、感動のポイントが少ない。写真が強くならない。

写真は、一枚で表現することに意味がある。できないものは、組み写真でしたらいい。でも、一枚が強い。死ぬときにその人が振り返るのは、自分にとっての「一枚」なんです。

どうしたらいいか。とにかく、二人の顔が見れて、高砂の全体像も映れば良いのです。そのためには、高砂が見える位置でカメラを構えて、二人に振り返ってもらう必要があります。

ただ、僕が「振り返って!」というのは、自分的にやらせ感が強くなるからやりたくない。僕と二人の対峙になってしまう。そうじゃなくてここで残すべき感情は、二人と高砂の関係、あるいは二人とクレイジーさんの間に生まれた感情。その感情が出た表情や仕草を写真に残すのが僕の仕事です。

そこで僕がやったことは、新郎新婦にとって重要度が高い人を僕のそばに配置して、二人に声をかけてもらうというもの。誰が適任か。それはやっぱり、装飾を作ってくれたアートディレクターさんだな、ということで、お願いをしました。

二人がまず、目を隠していた手を下ろして装飾を初めて見る。感動する。そしてアートディレクターさんに声をかけてもらうと、僕が思っていたように、いやそれ以上に特に新婦さんがいい表情をして振り返ってくれ、感情が溢れました。

その瞬間がこの一枚です。

写真がなければ、10年後は「これ見たとき感動したなー」の一言で終わってしまうような記憶しか残らないかもしれない。でも、この一枚で、自分がどんな感情をいただいたかということを思い出してくれるんじゃないかと思います。

ウェディングフォトグラファーは、人の感情をコントロールできないし、してはいけないと思います。人の感情が動く仕掛けを用意する、までのディレクションは、僕は関わっていい境界線だと思っています。そこが、純粋なドキュメンタリーやフォトジャーナリズムとの違いではないでしょうか。